2019.11.22

激走‼ 東京エクストリームウォーク100 2019秋

鉄は熱いうちに打て。実体験などすることなくほとんどやったような感覚を手に入れることのできるこのバーチャルリアリティー時代、どうしても体感したい、人と会ってみたい、いろいろなことを体験したいとする記者が、趣味で東京エクストリームウォーク100に挑戦した記録を、気持ちの熱いうちにお届けいたします!

2019年11月2日、スタートは小田原城址公園 銅門広場 午前10時。

2019年11月2日午前8時ごろ、東京エクストリームウォーク100の受付に到着。すでに小田原城址公園二の丸広場は参加者たちでにぎわい、そこかしこで各々入念なスタート準備が行われていました。エネルギー補給する人もいれば、靴擦れ予防対策に余念ない人もいる。マラソン大会とはまた違った雰囲気なのが印象的です。何というか、あまり緊張感がないというか……。グループやチームでの参加が多く見受けられたので、全体的に和気あいあいとしていたからかもしれません。

100キロウォークとはいえ、そのために準備をずっと行ってきたという人は見た限りいないというのもその理由の一つ。マラソン大会の場合は、その距離はどうあれ、事前に練習をしてきた人が多いためか、レース前の緊張感がそこはかとなく漂っています。

……と、かなり分析的に書いていますが、実のところ、この大会に臨む本人の心持ちが大会の雰囲気を決めます。要するに、マラソンではレース前に走行距離を延ばすなどして体力作りなどをしてから臨みましたし、完走できるか、関門に間に合うかなどなど、不安と緊張がスタート直前までみなぎっていたものですが、今回はそんな緊張感は皆無。

言ってしまえばその前日、ナンスカの取材でクリエイターのもとを訪ねた後、アリスのコンサートで騒ぎ、お祭り気分が高じてなかなか寝付けず、レース前日の睡眠時間が5時間未満でこの大会に臨んだのですから。
いや、毎日1万歩程度は歩いているし、100キロくらい歩けるでしょ?のノリ。軽すぎます。

今回一緒に参加したカメラマン。週末は必ずボクシングジムに通うなど、そこそこ体力には自信がある。

それでも基本、まじめな筆者は100キロウォーク体験記を読み漁り、どのようなトラブルがあるかを事前学習。靴擦れや膝痛など、どの体験記にも共通する”完歩できなくなる要因”に対策を打っておきました。

気軽な感じがウォーキングの良いところなのですが、東京エクストリームウォーク100に関してはそうではありません。何がエクストリーム(過激)か、というと、運営も内容もすべて想定を超えるエクストリームだったからです。

そもそも東京エクストリームウォーク100って?

東京エクストリームウォークの扉ページ。

そもそもこのレース、いったい何なのでしょうか?

主催の朝日新聞社の専用ウェブサイトでは大会について次の通り記載があります。

「東京エクストリームウォーク100」とは、自身の体力と気力の限界に挑み、100㎞を歩き切るイベントです。神奈川県小田原市の小田原城址公園を出発し、東京・築地を目指します。制限時間は26時間。多くの人が夜通し歩く「エクストリーム(過激)」なウォーキングです。一人で挑んでも、仲間とともに挑んでも、きっと、これまでにない気づきや絆が生まれるはずです。

(東京エクストリームウォーク大会概要より引用https://www.asahi.com/sports/events/tokyoxtremewalk100/)

そういえば、スタートラインである小田原城址の銅門広場のゲートでも、司会を務める女性が“完歩したとき世界が変わる”とか何とか盛んに言っていましたっけ。そんなにすごい体験ができるのかしら?と半信半疑。ランナーズハイならぬウォーキングハイとか、俗にいうゾーンに入ったりすることあるのかしら、と勝手に期待。

ウォーキングの猛者は本大会にも。猛者の携帯する荷物を見ると、さまざまな100キロウォークのピンバッジなどで彩られているし、何より場慣れ感が別格です。そういう方は結構年配の方が多い。これは何としても完歩しなくては、とちょっとだけピリッと気持ちも引き締まったりして。

参加者が2000名もいれば、それこそいろいろな人がいるものです。抱えている事情も何もかも、全然違う人たちが、100キロ先の朝日新聞本社を目指して昼夜をまたいで歩くというこのみょうちきりんな世界。

エントリー費がおひとり様15000円という高額、応募者数がめちゃくちゃ多いのか、春の大会では抽選で落ちていただけに、今回エントリーできただけでもありがたや、という気持ちになってくる。

これももしかしたら大会の巧みな仕業だったのかもしれないと、今でこそ思うのですが、その時は本当にエントリーできてラッキーくらいな気持ちだったのです。

筆者の大会当日の服装。日焼けを避けるため、肌をできるだけ露出しないようにしたら、秋の虫のようになってしまいました。

ゆるっとウェーブスタート 歩き出しは時速4キロ未満のスローペース

4つのグループに分けてスタートするが、Bグループだった記者たちは9時のスタートから30分以上過ぎたあとだった。

小田原から朝日新聞本社まで何とか100キロをねん出したコース取りなので、まわり道の感じは否めません。スタートゲートも狭く、歩き出しから歩道などにひろがることがないように配慮しているのでしょう。

とはいえ、スタート時間からスタートゲート閉鎖まで1時間20分しかなく、時差式でスタート。スタートの時差はICチップなどで厳密に管理しているわけではないので、見かけ上はAグループとDグループは同時にスタートしたことになるうえ、ゴール制限時間である翌日11時は全員一緒。10時20分までに参加者全員がスタートを切るものの、Dグループの人たちはちょっと不利ですよね。
だって、1時間20分って結構歩けますから(計算上は一般的な速度で5キロは歩ける)。

銅門は狭いため、歩き出しから超スローペース。一般的な速度は時速4キロだが、はじめのうちは3キロ/1時間ちょっと越え。

スタートは誰もがみな相当元気です。チェックポイントとか関門の時間がどうのとか、ほとんど誰も歩きのペース設計などしていない模様。筆者たちもそんな感じでした。なんだかんだで30キロくらいは元気で歩けましたし。

この先もたぶん大丈夫、25時間くらいで完歩する、と最初のうちは考えていました。

エイドステーションは、こんなもんでええど?的トホホ感。

エイドステーションやチェックポイントにはそれぞれ関門時刻と閉鎖時刻が設けてあります。エイドステーションでは飲食や敬称のほか補助的な飲食物が提供されるのですが、これがキロ数が延びるにつれだんだんとお粗末になってきます。お粗末、なんて言ったら失礼ですかね。歩行距離が延びると疲労感は増してくることになるので、もう少し手厚かったらよかっただろうにな、と思い起こすばかり。

第1エイドステーションはスタートから23キロ地点。名物?のかまぼことみかんがふるまわれます。ウォーキングのさなかに栄養補給はしているので、おなかがめちゃめちゃ空くということはありませんが、冷たいジュースにかまぼことは。ミカンもひとり一個までと、かなりシビアでした。

第1エイドステーションでは可愛い坊やからミカンの差し入れ。生き返りました!

お湯がない!みそ汁やスープで暖も取れない過酷さ!

特に第2エイドステーションではお湯が供給できないというハプニングが。スタートから47キロ地点、ほぼ半分を歩き切ったころで、あたりは暗くなり、めっぽう寒くなるころです。

電気ポットでお湯を沸かすのに時間がかかるというのに、寒さから暖を求める参加者たちが押し寄せてしまったのでしょう。コーヒーはともかく、みそ汁もスープもお湯で溶かすものしか用意していないのですから、お湯は何が何でも用意してくれていないと。

お湯が沸くのをひたすら待つのは至難の業。というのも、終日歩いて疲労困憊している足の筋肉が、休むとこわばってくるような、変な感じ。ストレッチして筋肉をほぐすのが一番なのでしょうが、もうそれどころではない!足を曲げるのが苦痛なのです。

この日は夜間、かなり冷え込みました。歩き続けた足の筋肉は冷えるとさらに痛みを増します。歩き出しの痛みときたら、それはそれは筆舌に尽くしがたいもの。
“これ以上、休んだら歩きたくなくなる、歩けなくなる”と直感した筆者は、お湯が沸くのを見る前にエイドステーションを後にしたのでした。

暗闇になると持参のカメラではほとんど撮影不可能。無理して元気にふるまう姿をツリーとともに撮影してもらいました。

強制ストレッチ!トイレでの地獄を今語ろう!

今回、あれほど恐れていた足のマメと足の裏の皮が破れるという災難からは手当の甲斐あって筆者は免れました。これでもかとびっくりするくらい靴擦れ防止クリームを足裏や足指に塗りたくることが大切のようです。だがしかし!

足の筋肉痛に悩まされます。懸念していた右膝周りは、サポーターなどで事前にプロテクトした結果、思っていたほどひどくはならなかったものの、太ももの前側(どうやら大腿四頭筋というらしい)の痛みからしゃがむことができなくなっていました。

それでも人は重力と自然現象には勝てません。エイドステーションで補給した水分が排出される時が必ず来る。男性の場合は立位を維持したまま解消することができるでしょうが、女性はそういうわけにはいきません。

様式のトイレでもこわばった大腿四頭筋が悲鳴を上げます。痛いよー!もう無理!って感じでしょうか。

和式のトイレはこういう形。今時見ませんが、神奈川県下は結構スタンダードです。

おまけに、トイレポイントとして紹介されている公共のトイレは、私の知る限りすべて和式でした。簡易トイレも同様です。つらい、しゃがみたくない、でもしゃがまなくては!
出物腫れ物所嫌わず、という言葉通り、次のトイレポイントが遠いからこそ、今処置しなくてはならず、地獄の叫びで痛みを訴えたいところを歯を食いしばって耐え、トイレを済ませたのでした。

この地獄の強制ストレッチを数回繰り返したおかげで、その後の歩きも何とかスムーズにいったような気がします。

痛みを超えるウォーキングの敵、睡魔、登場。

第2チェックポイント(スタートから55キロ地点)に来ると、太ももの痛みに加え、睡魔が付きまとってきます。キロ15分の一般的な歩行スピードが落ち始め、キロ20分ほどに。

歩いていても妙なフレーズがぐるぐる頭の中でリフレインします。
筆者の場合はなぜかスーパーでよく聞く“さかなさかなさかな~♪さかなーを食べ~ると~♪”“あたまあたまあたま~♪あたまーがよく~なる~♪”が執拗に繰り返されるのです。

それがそのうち、“あたまあたまあたま~♪あたまーを食べ~ると~♪”と混濁してくる。

このフレーズが歩くさなか、ただひたすら頭の中で鳴っている。それを、無言で、常道運動のように頭の中でずっと繰り返してしまうのです、こわ。

ローソンのマチカフェコーヒーで劇的に体力回復!

エイドステーションではほぼエネルギー供給が望めないうえ、60キロくらい歩き続けていると、食欲もなくなってしまいます。歩幅は狭まり、膝にはしなやかさもなく、捨てられたゼンマイ仕掛けのロボットのようにとぼとぼ歩いているのがこの時の様子。深夜の新子安あたりは本当に静かで寒いだけ。

コンビニでトイレを拝借するため、冷えた体を温めようと、ホットコーヒーを注文し、10パーセントの消費税を嫌って店の外で頂きました。

ローソンのマチカフェコーヒー。これが効いた!

すると、何ということでしょう!!
あれほどくたびれて、もうリタイア寸前だった筆者に力が再び戻ってきたのです。
これってウォーキングハイ?いやいや、ローソンのホットコーヒー、いい感じ!歩きで水枯れた体にカフェインがしみこみ、劇的に効いているのでしょう!ギンギンきたきたー!という感じなのです。

もちろん科学的根拠はありませんが、私たちグループは“まじ、復活”。

この後、第4エイドステーションを関門時刻ちょっと前に通過し、残り19キロを歩き切ると固く決意したのでした。(トイレでの苦痛はさらに増していますが……)

謎の早期撤収と完歩証出ないかも発言に耳を疑う

ローソンのコーヒーのおかげで第3チェックポイント(スタートから89キロ地点)にはの関門時刻ぎりぎりで到達。ところが、なにやらここでの雲行きが怪しい。

チェックポイントでチェックしてくれる人がのっけに、「もう関門時刻過ぎちゃってるんで、一応チェックするけれど、リタイア扱いだよね。」と言うのです。

自分たちの時計では全く問題のない時間だっただけに、“え??”という感じでいたら、たたみかけるように「それでも一応、朝日新聞社目指してみたら?たぶんリタイア扱いだからゴール賞も完歩証も出ないと思うけど、一応100キロ歩いたことにはなるからさ、自分の中で」と言うのです。

見ればチェックポイントではゴール目前でリタイアしたと思しき人たちが何人もいるではありませんか。あわわ~。

確かに大会要項にはきっちり書いてある!「制限時間(11:00)を超えた場合はお渡しできません。」とな!

さらにチェックポイントの撤収時間は関門時刻の1時間後であるにも関わらず、椅子やベンチも片付けはじめる始末。筆者たちのあとにもまだ歩いている人はたくさんいるというのに……と人のことをかまっている場合ではない!!

まさかの事態に、とにかく行けるだけ行こうとばかり、休憩もなしで歩き続けます。
さらにチェックポイントの係員は歩き出す私たちに、「ゼッケン外して行ってね」とも。

後になって、そっかー、となる助言だったのですが、この時は「ひでぇこと言いやがって!」と疲れから怒りしかわいてきませんでした。

迫る制限時間、トラップ続きの残り10キロ!!

ペースアップして、目標時間は11時のゴール関門時刻。1キロ12~13分というスピードで歩きます。残り10キロをこのペースで行けば、2時間後、ぎりぎり関門時刻前に入れるはず。

見ればいつのまにか“最終”の文字の入ったゼッケンを身に着けて歩いている係員と思しき人と、その人を取り巻くウォーキング集団に出くわします。この人たちを追い越してとにかくどんどん歩く!
……としたいところですが、9時過ぎの都会はとにかく信号が無駄に長い!

ことごとく赤信号に行き先を阻まれ、その都度止まらなければならない。大会要項には交通ルールを遵守することが大前提。おまけに走ってはいけないとの文言も入っている始末。

赤で止まると、例によって足が棒になって歩き出しが苦しいので、止まっている間もむやみに足を動かしているか、ガードレールにつかまって無理くりなストレッチ。大会参加者たちはほとんどが同様の行動をしているので、ゼッケンを取り去っていてもすぐにわかります。まさに残り10キロの赤信号はウォーキングデッドたちであふれかえるのです。

ウォーキングデッド(ゾンビ)たちの群れーー!

この赤信号で大幅に時間を食い、11時の関門時刻に少し遅れそうになってきました。100キロ歩いた証はせめて発行してもらいたい。こうなったらもう走るしかない!

「ゼッケンを外して行ってね」の言葉が浮かびます。そうです。大会規約では走ることは禁止になっていますが、ゼッケンを取っているのなら、都会を走るランナーと一緒。見ればゼッケンを着けたまま、走り出している大会参加者たちが山ほどいるではありませんか。モラルある筆者はゼッケンを外して走りました。周囲からはちょっとだけ速足にしか見えなかったと思いますが。

残り2キロ、記者たちも壊れそうな体に鞭打ってほぼジョギングで築地に入ります。朝日新聞本社はもう目の前!頑張れー!!

コントか?!ゴール間際でまさかのコース変更!

朝日新聞本社入り口にもまたまた赤信号のトラップ。焦りから“ちっ”と舌打ちしている筆者に、コース案内の女性がおずおずと声をかけてきました。
「あのぉ、エクストリームウォーク参加の方ですか?実は今、新聞社前でなにやら街宣車でデモやっていて。危険なので、非公式なんですがコースがちょっと変わったのでそちらに向かってほしいんですが」

え??? と耳を疑いました。残すところあと100メートルくらいなのに。泣けてきます。もう100キロ歩いてきてるのに。距離延びるの??それも非公式?どのくらい歩くのかもわからない。

11時回っちゃうじゃないですかーー?と泣きを入れたくても入れられる状態ではありませんでした。
街宣車もそうですが、なぜかお巡りさんが交差点のそこかしこにびっちり立って警戒しているのです。
デモの人たち、旗も振っているみたい。何を抗議しているのか?こわい。

いったい何事か?と思いながらも確認できぬまま、非公式のコースを進みます。

これが結構な距離でした。朝日新聞の正門を直で入れないから回り込んで裏から入り、正門に向かうといううらなり感の否めないゴールの仕方となったのです。

・・・で結果!

関門時刻11時のところ11分過ぎてゴール。はなばなしくテープを切るのではなく、こちらですー、と案内されて、泣きそうになりながら自動扉が開くと、バーコードチェックでゴール。

26時間に11分加算してのゴールでしたが、その分余計に歩かされているので11時には入れたな、制限時間内に歩けた!と自分では思っています。

あとは実に流れ作業でことが進みます。
完歩証がその場でプリントアウトされ、ゴール賞のTシャツと記念メダルが手渡されます。
引換証で手荷物を引き取り、更衣室のある部屋に通されると、完歩した参加者たちが屍のように足を投げ出して転がっている。

無事完歩証、手にすることができましたーー!

皆さん、良く歩きましたね、私も歩きましたよ、と妙な一体感に浸るのもつかの間、小さくうなりながら座り込んで、とにかく水分補給。ホコリと汗で汚れた服を更衣室で着替えて朝日新聞社を後にしました。

そのあと自分がどのように帰宅したのかよく覚えていません。

まとめ 世界は変わったか?

100キロウォークを完歩した後、世界は変わったでしょうか?
筆者に限って言えば、何も変わっていません。面やつれがひどく、やせた?と言われるくらい。
太ももの痛みがすごいので、歩き方がアヒルのようになってしまっています。

ゴール賞で頂いたメダル、型でペンダントヘッドにもなるものでした。それを身に着けるか着けないかは別として、田中貴金属が特別協賛するのは何となくわかります。
世にも有名なあのフレーズ、”純金積み立てコツコツ♪”。コツコツ積み立ててね。あなたの100キロウォークと一緒で、何かしらカタチになりますよ、ということでしょうか?始めようかな、純金積み立て、コツコツと。

田中貴金属特製 純銀インゴット。年は入っていない。

「千里の道も一歩から」のことわざにあるように、100キロは1歩ずつ歩みを継続すれば歩き切れてしまうものでした。コツコツと、愚直なまでに継続することが物事を成し遂げることにつながります。

100キロを、お金出してまで歩く意味がそこにはありました。
「成し遂げた」という実感を体の痛みとともに得たと言ってもいいでしょう。

「体感する」という快感は、多少の苦労と痛みによってさらに際立つのです。人は時に意味もなく無茶をしたくなる時がある。そんな時にこそ、100キロウォークをやってみるといいかもしれません。

ちなみに筆者は、もちろん……やりません!

東京エクストリームウォーク100、およそ半分の折り返し地点は江ノ島。夕暮れがきれいだった。
(終わり)

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今井 美枝子

今井 美枝子

1965年生まれ。化学メーカーのテクニカルライターと車両板金塗装専門誌記者を経て、フリーランスライターへ。チームでインタビュー記事や企画など、コンテンツのプロデュースも行っています。

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