都内の邸宅美術館で 建築の空間と環境を取り込む作品をたのしむ / メルセデス・ベンツ アート・スコープ 2018-2020(原美術館)

ぷらいまり
ぷらいまり
2020.08.07

いつもの「当たり前フィルター」を外して日常に目を凝らすと、そこは「発見」の宝庫。あえて少しだけ日常から踏み出すことで、一生知ることが無かったかもしれない「発見」と出会えることも。そんな「発見」が、あなたにとても大事な「化学反応」をもたらすかもしれません。

この記事では、あなたの「当たり前フィルター」が外れるきっかけになるかもしれない展覧会をご紹介していきたいと思います。今回ご紹介するのは、東京都の品川にある邸宅美術館・原美術館で開催中の「メルセデス・ベンツ アート・スコープ 2018-2020。3名の作家による新作展で、特定のテーマは設定されていませんが、美術館の建物や周囲の環境も取り込むような作品が印象的な展覧会です。

メルセデス・ベンツ アート・スコープ 会場入り口(写真撮影:ぷらいまり)
メルセデス・ベンツ アート・スコープ 会場入り口(写真撮影:ぷらいまり)

静かな住宅街にたたずむ 邸宅を改装した美術館

会場の原美術館は、品川駅から歩いて20分ほど。静かな住宅街のなかにある一軒家の美術館です。1938年に実業家・原邦造の邸宅として建てられたもので、設計は東京国立博物館・本館(上野)や和光ビル(銀座)を手がけた建築家・渡辺仁さんによるもの。庭の緑に際立つ真っ白い外観や、緩やかなカーブを描いた展示室が印象的な建物です。

原美術館 外観(写真撮影:ぷらいまり)
原美術館 外観(写真撮影:ぷらいまり)

開催中の「メルセデス・ベンツ アート・スコープ 2018-2020」は、メルセデス・ベンツ日本による、日本とドイツの間で現代美術の作家を相互に派遣・招聘して交流を図る文化・芸術支援活動の成果展。今回は、日本からの派遣作家として久門剛史さん、ドイツからの招聘作家としてハリス・エパミノンダさん、そして過去の「アート・スコープ」参加作家の中から招待出品作家として小泉明郎さんの3名の新作が公開されます。

建物、光、音…周囲の環境を取り込んだ作品

原美術館の中で最も大きな展示室 Gallery Ⅱには大小たくさんのキャンバスが並びます。でも、それらは全て壁面や床面に伏され、描かれているものを見ることはできません。これは久門剛史さんの作品《Resume》。

久門剛史《Resume》2020年 Photo by Keizo Kioku
久門剛史《Resume》2020年  Photo by Keizo Kioku

描かれているものは見えないものの、建物の真っ白い壁面にはキャンバスから反射した色が映りこみ、様々な色の光が漏れ出しているように見えます。その光の輪郭は柔らかくも色は鮮明で、壁に伏しながらもはっきりと何かを主張しているようにも見えてきます。

この展示室の奥にあるサンルーム内では自然界には存在しない「6000Hz」の音がスピーカーから流れ、一方、中庭に対して開かれた展示室の窓からは、セミの声、遠くを走る電車の音や飛行機が飛ぶ音などの周囲の環境の音が聞こえてきます。これらの「音」、そして、照明が消された薄暗い展示室の中に差し込む「自然光」も全て作品の一部なのだそう。たくさんのキャンバスはあるけれど、「キャンバスに描かれたもの」を観るのとは違い、その時々の環境を取り込みながら観る人の頭の中で完成するような作品ですね。

久門剛史《Resume》2020年 Photo by Keizo Kioku
久門剛史《Resume》2020年  Photo by Keizo Kioku

吹き抜けの展示室 GalleryⅠには、真っ赤な絨毯の上に黄金色の球体が置かれ、壁面には原美術館とも関わりの深い音楽家・吉村弘さんについてのテキストが掲示されています。ドイツのアーティスト・ハリス・エパミノンダさんによる《Untitled #01 b/l》。真っ先に目に入る球体を見つめながら、無意識のうちに大きな窓から見える日本的な庭の緑色と洋館の中の絨毯の赤い色の対比や、環境音楽が観る人の中に取り込まれていくようです。

ハリス・エパミノンダ(ダニエル・グスタフ・クラマーとの共作)《Untitled #01 b/l》 2020年Photo by Keizo Kioku
ハリス・エパミノンダ(ダニエル・グスタフ・クラマーとの共作)《Untitled #01 b/l》 2020年  Photo by Keizo Kioku

2階のGallery Ⅳ・Ⅴと2つの展示室で展開されるのは、小泉明郎さんの作品《抗夢#1 (彫刻のある部屋)》。映像作品を多く制作されている小泉さんですが、今回の展示のメインは「音」。音を聞きながら、雰囲気の大きく異なる2つの展示室を行き来します。こちらもまた、展示室の空間そのものが作品の一部となるような作品です。また、美術館の外に出て「あなたの住む街の最も人通りの多い場所」で体験する音の作品も。(2020.8.1時点では未公開。)

小泉明郎《抗夢#1 (彫刻のある部屋)》2020年 Photo by Keizo Kioku
小泉明郎《抗夢#1 (彫刻のある部屋)》2020年 Photo by Keizo Kioku

今回、新型コロナの影響で今までの「日常」や「当たり前」が揺らぐ中で制作されたこれらの作品は、共通したテーマで制作されたものではないものの、建物の空間やその周囲の環境を取り込んで観る人の中で完成するようで、自分のすぐ近くにある環境に目を向けて見つめ直していく作品のようにも感じられました。

閉館間近の原美術館。この場でしか見られない作品も。

こちらの原美術館、老朽化のため2021年1月での閉館が決まっています。この建物の中には、宮島達男さんや森村泰昌さん、奈良美智さんといった現代アーティストによる、この場所のために制作された作品が常設されています。かつてのバスルームやトイレなどの部屋の形状を生かした作品を本来の状態で見られるのはあと半年ほど。これらの作品とともに、この建築空間そのものも楽しんでみてはいかがでしょうか?

「メルセデス・ベンツ アート・スコープ 2018-2020」は、2020年9月6日(日)までです。

展覧会情報

メルセデス・ベンツ アート・スコープ 2018-2020

メルセデス・ベンツ アート・スコープ 2018-2020

公式サイト http://www.haramuseum.or.jp/jp/hara/exhibition/741/
会期    2020年7月23日[木祝]―9月6日[日]
開館時間  平日11:00-16:00 / 土日祝11:00-17:00
※当面の間、平日は開館時間を短縮いたします。水曜日の夜間開館は行いません。入館は日時指定の予約制。詳細は公式サイトへ
休館日   月曜日(8月10日を除く)、8月11日[火]
入館料   一般 ¥1,100 / 大高生 ¥700 / 小中生 ¥500
※原美術館メンバーは無料
※学期中の土曜日は小中高生無料
※年齢を確認できる書類のご提示により、70歳以上550円
※身障者手帳のご提示により、ご本人は半額、介助者1人無料

ぷらいまり
WRITER PROFILE

ぷらいまり

都内でサラリーマンしながら現代アートを学び、美術館・芸術祭のボランティアガイドや、レポート執筆などをしています。年間250以上の各地の展覧会を巡り、オススメしたい展覧会・アート情報を発信。 https://note.com/plastic_girl

Twitter:@plastic_candy

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