2021.01.08

『いつか王子様が』から『ありのままで』へ ーディズニー映画で見えてくる!時代によって大きく変わるアメリカ男女の価値観

普段何気なく見ている、数々のアニメ。幼い頃に見ていたあの作品、今流行りのこの作品も、少し見方を変えるだけで違った楽しみ方が現れてきます。

このシリーズでは、今までとは少し違ったアニメの見方、すなわち「アニメのススメ」を紹介していきます。
あの作品、この作品に隠された秘密を、一緒に解き明かしていきましょう。ただ「見る」だけでは決して出会えなかった作品との素敵な出会いが待っているかもしれません。

今回は80年間に亘るディズニー映画の歴史を振り返りながら、アメリカ社会における男女の価値観がどのように変化してきたのかについて考えていきます。

ウォルト・ディズニー・スタジオのアニメーション映画は、1930年代以降、世界中の人々にたくさんの夢を与え続けてきました。僕も、小さい頃にディズニー映画を観てアニメーションという技術に強い興味を抱いた一人なのです。

ところで、1937年にディズニー初の長編アニメーション映画『白雪姫』が制作されてから80年が経過した現在、ディズニー映画における女性の描かれ方が大きく変化していることに気づいていますか?その変遷は、アメリカ社会において「理想」とされてきたジェンダー観の変遷を物語っているのです。

初期―ひたすら待ち続けるプリンセス

ディズニーの長編アニメーション映画第一作である『白雪姫』(1937)は、1930年代後半のアメリカにおいてどんな女性が(主に男性目線で)理想とされていたのかを明確に表しています。白雪姫は掃除や料理などの家事を積極的に行う献身的な女性として描かれている
一方で、「王子様」をひたすら待つ受け身の存在としても描かれています。

また『白雪姫』においては、王子が白雪姫の人生を左右する重要人物として描かれています。白雪姫の生死を左右しているのは白雪姫本人の選択ではなく、「彼女とキスをする」という王子の選択なのです。ここには、「女性の人生を支えるのは男性だ」というイデオロギーが無意識のうちに含まれているのではないでしょうか。

ここで、『白雪姫』以前のディズニーによる短編アニメーション映画での女性の描かれ方に着目してみましょう。この時期のディズニー作品における女性キャラクターはミニーマウスのような動物キャラが代表的な存在ですが、彼女たちは白雪姫に比べると幾分はしたないキャラクターとして描かれています。彼女たちはあくまで動物だということも理由の一つに挙げられますが、1930年代前半のアメリカではそれ以降に比べると破天荒な性格の女性像が「理想」ではないにしろ魅力的に思われていたことが伺えます。

余談ですが、僕はこの時期に作られたカートゥーンが大好きで、その理由の一つにはこうした「自由な」女性キャラクターの存在があると思います。

時代は下り1950年代に入っても、『シンデレラ』(1950)に見られるようにディズニー映画における女性の描かれ方は依然として「献身的かつ受け身の存在」でした。『シンデレラ』における王子の役割についても「シンデレラの人生を左右する重要人物(だが彼が大きな危険に晒されることはない)」というものであり、ジェンダーロールについては『白雪姫』をほぼそのまま踏襲するものであったといえます。

1959年の『眠れる森の美女』になると、少しだけ男性の描かれ方が変化します。本作における王子が「ヒロインの人生を左右する重要人物」であることは従来と変わりありませんが、2人の恋の障壁を自ら戦って突破する存在が王子なのです。自ら危険を冒すことなくヒロインと結ばれることができた前2作の王子とは、一線を画しています。

変革期―プリンセスだって人生それぞれ

『眠れる森の美女』の公開から30年後、1989年に発表された『リトル・マーメイド』はディズニー映画の様々な転換点といわれていますが、ジェンダー観においても一つの変革を迎えたといえるでしょう。

『眠れる森の美女』から『リトル・マーメイド』までの30年の間、アメリカではフェミニズム運動が活発となり、映画をはじめとする娯楽コンテンツにおける女性と男性の描かれ方に変化が生まれました。『リトル・マーメイド』のアリエルが「王子に一目惚れする」というルッキズム的な側面こそ残されているものの、権力からの解放を望む主体的な存在として描かれているのは、こうした時代の変化を反映した結果だったのです。

こうした「自立した女性像」の確立は、『美女と野獣』(1991)『アラジン』(1992)『ポカホンタス』(1995)『ムーラン』(1998)と続く作品群でさらに深化していきます。『美女と野獣』ではベルが外見に囚われない本当の愛を見出し、『ムーラン』では主人公のムーランが旧来の「女性らしさ」に正面から立ち向かっていきます。近作『塔の上のラプンツェル』(2010)『アナと雪の女王』(2014)に至っては、こうした「社会的に自立した女性像」そのものがもはやパターン化の兆候を見せています。

権力から解放されたのは、プリンセスだけではありません。男性キャラクターも「ヒロインの人生を左右する」運命と権威から解放され、『塔の上のラプンツェル』のフリン・ライダー(泥棒)や『アナと雪の女王』のクリストフ(山男)といった従来の「男らしさ」「王子様像」から解放された存在が確立されるのです。

アニメ映画も時代を映す鏡。視点によってわかる様々なこと

本記事で読み解いたディズニー映画におけるジェンダー観の変遷はあくまで一部分に過ぎませんが、大衆の価値観の変化を表す一つの指標だといえるでしょう。映画を楽しむ際に、作品の背景にある様々なイデオロギーや社会情勢の変化について考えてみると、意外な発見が待っているかもしれませんよ!

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かねひさ和哉

かねひさ和哉

2001年生まれの大学生ライター。幼少期に動画サイト等で1930-40年代のアメリカ製アニメーションに触れ、古いアニメーションに興味を抱くように。以降活動の場を広げ、研究発表やイベントの主催などを行ってきました。とにかく「動く絵」ならなんでも飛びつく筋金入りのアニメ/映画好き。 https://note.com/kane_hisa
Twitter:@kane_hisa

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