「お互いの見ているものを交換する装置」を装着したら、何が見えてくる? / 《視聴覚交換マシン》 体験 & 八谷和彦さんインタビュー

ぷらいまり
ぷらいまり
2020.08.14

いつもの「当たり前フィルター」を外して日常に目を凝らすと、そこは「発見」の宝庫。あえて少しだけ日常から踏み出すことで、一生知ることが無かったかもしれない「発見」と出会えることも。そんな「発見」が、あなたにとても大事な「化学反応」をもたらすかもしれません。

自分の「当たり前フィルター」を外すのはなかなか難しいもの。でも、もし「お互いの見ているものを交換する装置」を使って 他人の視点でしかものが見えなくなってしまったら、日常の風景はどんなふうに見えてくるのでしょうか?

今回は、そんな装置《視聴覚交換マシン》を体験させていただき、制作者であるメディア・アーティスト 八谷和彦さんにお話を伺いました。

《視聴覚交換マシン》とは?

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「アーリー90'S トーキョーアートスクアッド展」での《視聴覚交換マシン》展示風景(写真撮影:ぷらいまり)

2人1組になり、ヘッドマウントディスプレイを通じてお互いの見ているものを交換する装置で、メディア・アーティスト 八谷和彦さんのアート作品です。

八谷和彦さんは、「ピンクのクマがメールを運ぶ」メールソフト《PostPet》を開発されたり、「風の谷のナウシカ」に登場する1人乗りの架空の飛行具「メーヴェ」をつくって実際に空を飛んでしまう《OpenSkyプロジェクト》などを行ってこられたりしたアーティスト。

《視聴覚交換マシン》は八谷さんのデビュー作であり、制作されたのはなんと今から27年前の1993年。現在はVRなどで現実とは異なる世界を体験する機会も増えてきましたが、「他人の視点でしかものが見えなくなる」という体験は、いったいどんな体験なのでしょうか?

《視聴覚交換マシン》を体験! 視覚を交換して見えたものは…

今回の体験会は「アーリー90'S トーキョーアートスクアッド展」という、1990年代初頭のアートシーンを紹介する展覧会の中のイベントとして開催されたもの。1体験会あたり約10組が参加しました。

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体験会にて《視聴覚交換マシン》を解説中の八谷和彦さん (左)(写真撮影:ぷらいまり)

バッテリーの入った羽根を背負ってヘッドマウントディスプレイを装着すると、目の前に見えるのは本来相手が見ているはずの風景。見えている物や人は、さっきまで自分の目でみていたものと変わらないにも関わらず、自分の動きと見えるものが追従しない違和感。さらに、身長差による視線の高さの違いで先ほどまでと「風景」が違います。そして、動き回っているうちに視界に入る「自分」。自分はここにいるのに、目の前に自分がいて動き回っている様子は、自分なのに他人のような不安定な気分になります。

そんな不安の中で相手と手をつなげた瞬間、世界が自分のもとに戻ってきて「あぁ、私はちゃんとここにいて、心も身体もここにある!」と確認できるような、日常では感じ得ない感覚!目の前の世界がモノクロから一気にカラーに変わったような気分でした。

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体験会の様子(写真撮影:ぷらいまり)

他の参加者の方々も、2人でジャンケンをしてみたり、しゃがんで視線の高さを変えてみたり、ダンスをしてみたりと様々な視点で楽しみつつ、やはりお互いの身体に触れた時には、喜びと安心が入り混じったような反応をされていました。27年前の作品でありながら、現在でも鮮烈な体験です。

「こんな不思議な作品、どうして作られたのですか?」 メディア・アーティスト 八谷和彦さんに伺う

それにしても、どうしてこんな作品を考えついて制作されたのでしょう?作者の八谷さんにお話を伺いました。

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実演「視聴覚交換マシン」 今回のスタッフの皆様(写真撮影:ぷらいまり)

実際に体験して本当に鮮烈な作品でしたが、《視聴覚交換マシン》はどういった動機で制作されたのですか?

八谷さん 「当時、フリッパーズ・ギターが好きで、それもあってイルカとドルフィンスイムするために小笠原に行ったことがあるのです。そのとき、イルカの生態からイルカのウムヴェルト(世界知覚)を想像して、つまり群れで視覚を共有する、的な世界知覚を人間に適用するマシンを作りたいと思って作りました。よく知られているとおり、イルカは頭部から超音波を出して世界を認識していますが、イルカAが出した超音波をイルカBがキャッチしたら、イルカAが捉えていた景色も実はイルカBに見えているのではないか?という仮説からはじまりました。
当時、自分でつくったテレビ番組の放送を限定エリアでやったりしていたので、それらの機器を使えば実現できるのではないかと、ヘッドマウントディスプレイも含めすべて手作りで、スキーのゴーグルにカメラや液晶テレビを詰め込んで制作しました。」 (現在はスマホを入れるタイプのVRゴーグルを使用)

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テレビ放送の様子は、「アーリー90'S トーキョーアートスクアッド展」の中で拝見することができました。(写真撮影:ぷらいまり)

1993年当時、ヘッドマウントディスプレイも現在のように簡単に入手できるものではないですよね。現在はVRなどで「アイデンティティの境界を曖昧にする」といった体験が当時よりメジャーになったようにも思いますが、時代の経過によって《視聴覚交換マシン》を体験される方の反応に変化は見られますか?

八谷さん 「変化はあまり感じないですね。PCで制作されるVRとは全く違った体験だからではないでしょうか。VRのように「作られた仮想世界」を見るのではなく、他人が見ている世界もここにリアルに存在する世界なので、ある意味VRとは逆の世界といえるかもしれません。バーチャル・リアリティではなく、リアル・バーチャリティみたいな。

手をつなぐというコミュニケーションによって世界が再構築される感覚も、VRでは得られないものかもしれませんね。例えば、装置自体は改良を続けていても装着したまま「キスできること」を可能にするスペックを残しているのは、人間がすることをそのまま残しておきたいからなんです。こうした「関係性」もVRの中では体験できないものかもしれません。」

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1993年 《視聴覚交換マシン》発表当時の写真(写真撮影:ぷらいまり)

ナウシカの飛行具をつくる《Open Skyプロジェクト》ともつながっている?

八谷さんは、この《視聴覚交換マシン》やメールソフト《PostPet》などの<コミュニケーション>をテーマにした作品のほか、「風の谷のナウシカ」の飛行具をつくる《OpenSkyプロジェクト》や「Back to the Future」の ホバーボードをつくる《エアボードプロジェクト》など<移動>をテーマにした作品も制作されています。これら2つのテーマは全く違ったものに見えますが、根っこではつながりがあるそうです。

《OpenSky プロジェクト》のテストフライト風景(2018.7.15撮影)

八谷さん 「《OpenSky》も《視聴覚交換マシン》と同じように「意識を飛ばしたい」ということが動機にありますね。「便利な道具」としての飛行機をつくりたい訳ではなくて、それに乗ることによって「意識が行って戻ってくる」感じが面白いんです。<移動>への興味も「意識を別の場所に連れて行く」という意味合いがあるかもしれません。また、大掛かりな装置を使うのではなく、個人で出来るミニマムな形でそれを実現したいというところも変わっていないですね。」

今回の《視聴覚交換マシン》の体験も、見える風景は日常でありながらも、小さな装置ひとつで非日常に意識が飛ばされてしまう鮮烈な体験でした。発表から四半世紀以上たっている作品にも関わらず、他では体験し得ない、力強い作品でした。

※ 快くインタビューに応じてくださいました八谷和彦様、本当にありがとうございました。

イベント情報

おさなごころを、きみに

アーリー90’S トーキョーアートスクアッド展
関連イベント 実演「視聴覚交換マシン」/八谷和彦

日時  2020年7月18日(土)①15:00-16:00 ②17:00-18:00
2020年7月25日(土)③15:00-16:00 ④17:00-18:00
会場  アーツ千代田3331 1階コニュ二ティスペース
定員  毎回10~12組(2人1組)
参加費 500円/組(2名分)

ぷらいまり
WRITER PROFILE

ぷらいまり

都内でサラリーマンしながら現代アートを学び、美術館・芸術祭のボランティアガイドや、レポート執筆などをしています。年間250以上の各地の展覧会を巡り、オススメしたい展覧会・アート情報を発信。 https://note.com/plastic_girl

Twitter:@plastic_candy

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