創作は、形にならない思いを具現化する行為 刺繍アーティスト okada mariko

今井 美枝子
今井 美枝子
2020.11.22
刺繍アーティスト okada mariko
刺繍アーティスト okada mariko

大田区のとある駅をおりてすぐの細い路地に入ると、静かな街並みが続きます。
駅から近いというのに喧騒からは遠いこの通りに、刺繡アーティスト・okada mariko(オカダマリコ)さんの自宅兼アトリエがあります。

3階建てのすっきりした外観のアトリエは竣工してから2年ほど。デザイナーの夫と猫と、2人と1匹で暮らしています。

本当なら2020年3月にアーティストのアトリエ紹介で彼女と彼女のアトリエを紹介する予定だったのですが、新型コロナウイルス蔓延拡大防止に伴う緊急事態宣言後、外出自粛要請のために取材はキャンセルに。

蔓延拡大が収まらない今、経済活動は止めてはならないと、このほど再度スケジュールを調整し、取材することができました。個展を11月末に控えている忙しいさなかでしたが、創作活動や創作のモチベーション、ニューノーマルを求められる今、アーティストとして感じていることなどをお伺いすることができました。

キャンバスを思わせる真っ白なアトリエ

刺繍アーティスト okada mariko アトリエ風景
アトリエ風景

アトリエは3階にある一室。明り取りの天窓から日が差し込み、白い壁に柔らかに反射して、部屋全体を包み込みます。

「糸の色味を正確にとらえるには、どうしても自然光が必要なのです。」彼女の作品はキャンバスに刺繍糸で絵を描くように表現するという独特なもの。数種の細い絹糸を縫い重ねて色を出すのではなく、「これ!」と思った刺繍糸を3本取りで縫い取っていくのです。

刺繍アーティスト okada mariko

刺繍糸は彼女にとって絵具と同じ「画材」。キャンバスに針を通すのですから一度失敗したら穴が開いてしまいます。キャンバスに刺繍するという行為は、一回きり、一発勝負の作業なのです。「後戻りができない、塗り直しができないというのも私の性格に合っている」と彼女は言います。

作業机の前には刺繍糸が色の系統ごとに整然と納められたボックスが並びます。DMC、コスモと、名だたる刺繍糸の老舗の名前が並ぶものの、彼女はブランドにとらわれず、自分の欲しい色がある糸を選んで使う主義。

彼女の場合は創作時もほとんど作業部屋を散らかさないようにしているとか。道具類が散らかったままでいるとかえって作業効率が落ちてしまうといいます。

刺繍アーティスト okada mariko

作業机の横にあるのは創作で参考にする資料や書籍が。今、読んでいるのは劉 慈欣のSF超大作「三体」。そのスケールの大きさとカオスと化した世界観は、創作意欲を掻き立てるものがあるといいます。

刺繍アーティスト okada mariko

ジャンルを問わず、興味があれば何でも目を通すという彼女。漫画でもアニメーションでも映画でも、彼女のアーティストたる創作のアンテナに引っかかるものなら、とにかく吸収。そのため、今年のトレンドである「鬼滅の刃」もしっかりと押さえていました。

創作のトリガーは哲学にあり ―――存在の不可思議さに対する敬虔な思いがモチベーションに

刺繍アーティスト okada mariko 2014年の「祈りのカタチ」はF30号というなかなかの大作だ
2014年の「祈りのカタチ」はF30号というなかなかの大作だ

オカダマリコさんは“目には見えないもの”“形にしづらいもの”“ものの本質や実態”などを深く考え、自分の中で追究し、作品として昇華するアーティストです。例えば目に見えている部分はものの表層、あるいは一面であって、ものの本質はもっと多面的で複雑なのではないか、という考察を常に創作の中心に置き、目に触れにくいものや形にしづらいものをキャンバスに縫い取り象っていくような創作スタイルなのです。

アーティストとして10年、創作スタイルにも変化が

展覧会ではテーマを決めたらそれに即して心の赴くままに作品を作っていきます。
創作活動は学生の頃から。ただ当時は若く、体力もあり、ひたすらにがむしゃらに創作に没頭していたことも。
「10年ほど経った今は、そんな無茶はもうできないと(笑)。今は体力を見ながら、日々創作を行っています」

刺繍アーティスト okada mariko
刺繍アーティスト okada mariko
刺繍アーティスト okada mariko

かたいキャンバスに刺繍糸で絵を描く行為は、なかなかの重労働です。彼女のツイッターには時々整体を受けて体のコンディショニングを行っている様子がうかがえます。

ことごとくエキジビションが中止、その中で声がかかった個展へのお誘い

2020年春、彼女もまた新型コロナ禍で予定していた展示会やグループ展がことごとく中止になっていました。毎年、台湾で開催されていたグループ展。中止かと思いきや、今年はコロナ禍から渡航禁止となり台湾への来訪はかなわなかったものの、オンラインでの開催が決定。開催されないよりは幾分ましだったとするネガティブな向きもありましたが、彼女はいたって前向きでした。実際に個展に足を運へない人たちへもしっかりと訴求できる。エキシビションが開催されたことへ感謝するとともに、次回につながる希望を得たようです。

原点は宮沢賢治の世界。内省して見えてきたもの

刺繍アーティスト okada mariko

栃木県で生まれ育った彼女は幼い頃、兄とともに児童劇団に通います。そこで宮沢賢治の作品と出会い、彼の作品を演じるにあたり、子供たちだけで演出を考え、表現するという体験を得ます。小道具などを用いることなく、自分たちで考えて表現するという演劇手法は、形を変え今の自分の創作活動につながっているといいます。

過去と現在、そして未来は、常につながっている。幼少期に触れた宮沢賢治の童話世界に感じた鮮烈な感覚は、成長したのち、さまざまな事象はつながっていることから着想を得て、創作モチーフにしたことも。

童話でありながら哲学的な世界を内包する宮沢賢治の世界が、彼女の創作の原点となっているのです。

女子美術大学デザイン学科に在籍中、自分らしい表現方法として刺繍と出会ったことも、今となっては必然だったのかもしれません。この作品を生み出すにはこの手法しかなかったのだとさえ思わせる。それほど彼女の作品は一筋縄ではいかないものを見るものに感じさせるのです。

刺繍アーティスト okada mariko
まだ作成途中となっているクジラの作品です

コロナの中で伝えたい思いを個展で

刺繍アーティスト okada mariko 「甘い甘いミルク&ハニー」の作品の一つ
「甘い甘いミルク&ハニー」の作品の一つ

コロナ禍下、どんな風に過ごしていたのかをお聞きしました。
外出自粛要請後、日常世界が一変し、世間は閉塞感にさいなまれるように。そんな中、日々の暮らしがどれほど大切であったかという思いに至ります。その日々の暮らしさえも、今は“新しい生活様式”の名のもと、変容せざるをえません。

こうした中、自分の個展を訪れてくれる人には閉塞感から解き放たれ、リラックスして過ごしてもらいたい。それが今回、神保町で開催される個展のテーマとなっています。

「甘いお菓子をいただいているときは、無条件に幸せな気分に浸ることができると思いませんか?」そんな思いを込め、今回はスイーツをモチーフにした作品の数々がギャラリーに並びます。個展開催中は常に在廊していますので、話ができるかもしれませんよ。神保町は「文房堂ギャラリーカフェ」に足を運んでみてはいかがでしょう。

オカダマリコ個展「甘い甘いミルク&ハニー」
2020年11月30日(月)~12月6日(日)
文房堂ギャラリーカフェ
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-21-1 文房堂ビル3F
TEL 03-3291-3441
http://www.bumpodo.co.jp/gallery/cafe_exhibition.html

クリエイター情報(2020年11月18日現在)

okada mariko(オカダマリコ)

公式サイト https://www.okadamariko-art.com/

Twitter   https://twitter.com/okada_mariko
Instagram https://www.instagram.com/okadamariko_paintingstitch/
オンラインショップ https://okadamariko.thebase.in(展示後に一定期間開催)

今井 美枝子
WRITER PROFILE

今井 美枝子

1965年生まれ。化学メーカーのテクニカルライターと車両板金塗装専門誌記者を経て、フリーランスライターへ。チームでインタビュー記事や企画など、コンテンツのプロデュースも行っています。

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