2021.06.25

ネオ・レトロ「昭和」の語り部、「いじわるばあさん」の視点ー長谷川町子記念館 企画展「いじわるばあさん」ー

今、なぜか空前の昭和ブーム。昭和のアイドル歌手や昭和歌謡のメロディラインが令和のニューノーマル時代には新鮮に映るのでしょうか。
ファッションも昭和の香りがどことなく漂っています。かつてカップルが好んで身を包んだペアルックが再燃。街を歩けば同じ装いで歩く2人連れに出くわすことも多くなりました。

5月19日に新装開業した「西武園ゆうえんち」。総事業費におよそ100億円をかけて「心あたたまる幸福感に包まれる世界」をテーマに、1960年代の高度経済成長期の日本の街並みをほうふつさせる「夕日の丘商店街」を園内に再現したと言います。そこを楽しむのは昭和を知らない、デジタルネイティブ世代の若者たち。高度成長期誕生世代の私にとってはとても不思議な光景です。

西武園ゆうえんちの夕陽館
西武園ゆうえんちの夕陽館

ネオ・レトロである昭和、当時を生きる人にはどんなふうに見えていたのでしょうか。そんなことを感じさせてくれる企画展「いじわるばあさん」が、長谷川町子記念館で開催されています。

企画展「いじわるばあさん」のポスター ©長谷川町子美術館
企画展「いじわるばあさん」のポスター ©長谷川町子美術館

昭和ブームで再び注目。いじわるばあさんは長谷川町子の写し鏡?

「いじわるばあさん」は「サザエさん」の原作者・長谷川町子による漫画です。『サンデー毎日』1966(昭和41)年1月2日号から1971(昭和46)年7月18日号に連載された、ブラック・ユーモアあふれる4コマ漫画作品。朝日新聞社刊で読むことができます。

昨年は長谷川町子生誕100年を記念して、ファンの熱い声を受け『サザエさん』全68巻が27年ぶりに復刊されました。これは町子が設立した出版社『姉妹社』で刊行されたオリジナルコミック版。今、昭和の漫画家・長谷川町子がホットなのです。

©長谷川町子美術館
©長谷川町子美術館

「いじわるばあさん」の誕生は1956年から1962年まで雑誌『漫画読本』(文藝春秋)に翻訳されていた『意地悪じいさん』(アメリカ/著者・ボブ・バトル)に触発されたことがきっかけ。『ばあさんのほうがバイタリティーにあふれ、訴求力がある』と主人公を女性にした結果、比類ないキャラクター“伊知割石”こといじわるばあさんが誕生しました。

それまで「サザエさん」「エプロンおばさん」で全方向に人畜無害で平和なヒューマンドラマを描き続け、確固たる地位を築き、栄誉ある賞までも受賞した町子でしたが、一方で、害や毒を作品に残さないように気を遣いながら描き続けてきたことも事実。そのことにいささか疲弊していた彼女が切り拓いた境地は、「サザエさん」とは対極にある人物像を描くことでした。

それも視点を老婆においたのは秀逸です。町子の「いじわるばあさん」以外、後にも先にも昭和を生きた“老人”の目を通して世相を語る作品は見当たらないからです。
「毒もあるきわめてブラックな部分=いじわるな感情」を具現化してデフォルメした「いじわるばあさん」。その表情といい筆致といい生き生きとしていて、読者を引きつけます。「いじわるばあさん」を描いているときの長谷川町子は、ここに描かれているキャラクター達と同じ表情をしているのではないか??と思えてしまうほどです。

©長谷川町子美術館
©長谷川町子美術館

作品には当時問題化しつつあった高齢化社会に対する世相が盛り込まれ、高齢者施設でおばあさん同士が取っ組み合いのケンカをする様子をエピソードとして漫画で紹介しています。

ついつい笑ってしまうのは、そのいじわるっぷりといたずらのどぎつさ。いじわるばあさんはどんな人にも忖度なく、平等に、キツいいじわるやいたずらを仕掛けます。読者自身にも内在する「いじわるな感情」。だれかにいじわるやいたずらをして、スカッとしてみたいけれど、普通は世間体がそれを許さない。そんな私たちに代わって、恥ずかしげもなくいじわるをむき出しにして痛い目に遭わせたり痛い目に遭ったりする……それが読者には痛快で、安心して笑えるのかもしれません。

SNS時代だからこそ楽しめる、町子の4コマ漫画

「いじわるばあさん」は人との関係が近いようで遠いSNS時代という今だからこそ、読んでもらいたい作品です。長文を苦手とするSNS世代にとって、饒舌で説明的なセリフは漫画といえども苦痛なはず。

©長谷川町子美術館
©長谷川町子美術館

その点、「いじわるばあさん」は4コマで語られるセリフも少なく、説明抜きでわかりやすい。何と言っても彼女のいじわるやいたずらは、世代を超えるものなのだということがわかります。仕掛けられたいたずらに対する反応は、今も昔もまったく変わらない。いたずらもいじわるも、当事者以外にとってはとても滑稽で、豪快に笑えるものなのだ、笑っていいものなのだということがわかるのです。―――「いじわるばあさん」は“いい人”であることに疲れたら、読むとよい漫画なのかもしれません。

「いじわるばあさん」はまるで長谷川町子の写し鏡のよう。それまで抑えていた「ブラックな部分」が自由に解き放たれ、これまでの人畜無害なアットホーム漫画の反動のように、回を重ねるごとにいじわるといたずらに磨きがかかっていきます。いじわるばあさん以降、『いじわるシリーズとしてあらたな町子の作品群として確立していくのも合点がいきます。

新型コロナ感染症対策のため、現在美術館・記念館とも入館制限を行っています。記念館は昨年の4月に竣工したばかりとあって、新築の真新しさも見どころのひとつ。企画展の面白さもさることながら、静謐な空間に、ソーシャルディスタンスを保つため、数名しか館内に入れないといういまだかつてない贅沢な時間の過ごし方ができます。憂鬱と思っていた新型コロナ禍ですが、この空間と時間をもたらしてくれたと思えばそれほどいやなものにも感じません。

入場券とともに、喫茶部の優待券が。ちなみに喫茶部(カフェ)と長谷川町子グッズを購入できる購買部(ショップ)は、当面の間チケットを購入した人だけ入場が可能です。

©長谷川町子美術館
©長谷川町子美術館

企画展を見た後、喫茶部(カフェ)へ。珈琲は中深煎りのホットコーヒーをいただきました。カップに紙ナプキン、メニュー表にいたるまで、長谷川町子づくし。メニューに記載されたフォントまでもが当時の趣をほうふつとさせるもので、昭和の雰囲気を満喫できること請け合いです。

企画展「いじわるばあさん」は9月まで延長されています。このコロナ禍がいつまで続くのかわかりませんが、今だからこそ、行く価値のある展覧会と美術館だと感じました。

©長谷川町子美術館
©長谷川町子美術館

イベント情報

企画展「いじわるばあさん」

公式サイト https://www.hasegawamachiko.jp/

会期  2021年4月24日(土) ~2021年9月26日(日)
休館日  毎週月曜日(8/9と9/20は開館、8/10と9/21は休館)、メンテナンス期間7/12~16

開館時間 10時~17時30分(受付締切 16時30分)

開催場所 長谷川町子記念館2階 企画展示室
住所    東京都世田谷区桜新町1-30-6

入館料  一般900(800)円、65歳以上800(700)円、大学生・高校生500(400)円、中学生・小学生400(300)円
※()内は20名様以上の団体、障がい者手帳をお持ちの方とその介護者
※ 美術館・記念館の両方をご覧いただけます。

お問い合わせ先
一般社団法人 長谷川町子美術館
TEL 03-3701-8766
公式Twitter https://twitter.com/machikomuseum

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今井 美枝子

今井 美枝子

1965年生まれ。化学メーカーのテクニカルライターと車両板金塗装専門誌記者を経て、フリーランスライターへ。チームでインタビュー記事や企画など、コンテンツのプロデュースも行っています。

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