普段、私たちが見ているこの世界。
ほんの少しだけ「数学」を知ってみると、意外な奥行きが見えてくるかもしれません。
今回のテーマは「秒速1mで歩くたかしくん」です。
算数の問題でよく出現する存在ですが、もしも、たかしくんが加速や減速するとしたら……一体どのように速さを計算すれば良いのでしょうか?
ありえない!?秒速1mで歩くたかしく
「たかしくんは秒速1mで歩いています」というような文章を、一度は目にしたことがある人は多いと思います。
算数の問題でよくある設定ですが、改めて考えてみると、ちょっと不思議なことがあります。
私たちは、常に同じ秒速で歩くことはできないですよね。
ある程度のペースを保って歩いていたとしても、多少は加速したり、減速したりしますし、ときには信号で止まることもあります。
もしかしたら、小学生時代に、問題を解きながら「必ず秒速1mで歩くたかしくんって、ありえない!」なんて思ったことがある人もいるかもしれませんね。
では、現実のように、たかしくんが加速や減速をする場合、どのようにして歩く速さを計算すれば良いのでしょうか?
方法1 大体の目安を計算する
まず一つ目として、「大体の目安」を計算してしまう方法があります。
例えば、ジョギングをするときに「2時間で12km走ったから、1時間で6kmペース、1分で100mペースだな」などと考えることは、よくあると思います。
実際には、「1時間で、いつもピッタリ6km走っている」「1分で、いつもピッタリ100m走っている」なんてことはないはずです。
しかし、「その間、常に等速で走っていた」と仮定して計算することは、目安を知るために有効な方法ですよね。
このような計算は、たかしくんのケースでも使えます。
「たかしくんは、家から公園までの道のり600mを10分で歩いた」という情報が与えられたら、たとえ途中で加速や減速をしていたとしても、「その間、常に等速歩いていた」と仮定して、「分速60mだな」「秒速1mだな」と考えてしまうのです。
ざっくりすぎるようにも思えますが、このように求めた速さは、数学や物理では「平均の速さ」と呼ばれています。
小学校のときに計算していた速さは、この「平均の速さ」だったのかもしれませんね。
もちろん、実情とズレはあるものの、目安を知るのに便利ですし、ランニングやウォーキングが趣味の人たちにとって、そんなに珍しくない計算方法です。
速さを細かく調べるには?
では、もう少し速さを細かく精密に調べる方法も考えてみましょう。
先ほどのジョギングの例では「2時間で12km」、たかしくんの例では「10分で600m」という、スパンを考えて計算していました。
しかし、2時間や10分というスパンは、短距離走などには使えません。100mを10秒強で走ってしまう人は少なくないですよね。こういったケースでは、秒単位のスパンで考えるのが適切でしょう。
例えば、100メートル走の選手が走る様子を、直線コース全体が写る位置から1秒ごとに写真撮影することで、その選手が走る様子を調べることができます。
1秒後の写真、2秒後の写真、3秒後の写真……と撮影した写真を並べていくと、選手がダイナミックに加速している様子がわかるはずです。
もしも、カメラが連射機能を搭載しているならば、0.25秒ごとや、0.1秒ごとに撮影すれば、アニメのコマ送りのように、より精密に走る様子を調べることができます。
このように、たかしくんの歩く様子についても、短い時間を区切りつつ調べていくと、良さそうですよね!
方法2 「短い時間」に注目
ではたかしくんの歩く速さを、100メール走の選手を秒単位で撮影したように、細かく区切りながら調べていくとどうなるでしょうか。
家から出発して0秒後~1秒後までに、0.6m進んだとしましょう。このスパンでの平均の速さは、秒速0.6mとなります。
1秒後~2秒後までに、0.7m進んだとしましょう。このスパンでの平均の速さは、秒速0.7mとなります。
2秒後~3秒後までに、0.8m進んだとしましょう。このスパンでの平均の速さは、秒速0.8mとなります。
どうやら少しずつ加速しているようですね。
より精密に調べたい場合には、0.1秒ごと、0.01秒ごと、0.001秒ごと……というように、さらに時間を細切れにして、そのスパンでの平均の速さを計算していきます。
例えば、1分後~1分0.01秒後までに、0.009m進んだとしましょう。
このスパンでの平均の速さは
\[
\frac{0.009}{0.01}=0.9
\]
となるため、秒速0.9mとなります。
1分0.01秒後~1分0.02秒後までに、0.01m進んだとしましょう。
このスパンでの平均の速さは
\[
\frac{0.01}{0.01}=1
\]
となるため、秒速1mとなります。
時間をとても短く区切って、平均の速さを計算していくことで、たかしくんの歩く速さが、とても詳細にわかっていきますね。
さらに、考えるスパンを0.0001秒ごと、0.00001秒ごと……と、どんどん0に近付けて、平均の速さを計算してみると、より細かく精密に、歩く速さがわかってきそうです。
実は、この「限りなく0に近いスパンでの変化を調べる」という考え方は、まさに微分のアイデアそのものなのです。
関数\(f(x)\)を微分した\(f^{\prime}(x)\)は、以下のような数式で表されます。
\[
f^{\prime} (x)= \lim_{h \to 0}\frac{f(x+h)-f(x)}{h}
\]
このように書くと難しそうに見えますが、少しずつ式の意味を見てみると、おおまかなイメージはつかめると思います。
たかしくんの例に合わせて、ざっくり説明すると、\(\lim_{h \to 0}\)は「考えるスパン(\(h\)秒)を限りなく0に近づける」という意味です。そして、分子の\(f(x+h)-f(x)\)は「\(x\)秒後から\(x+h\)秒後までの\(h\)秒間で進んだ距離」、分母の\(h\)は「\(h\)秒」という意味になっていて、平均の速さを求めていることが分かります。
つまり、限りなく0に近い\(h\)秒という、ものすごく短いスパンで考えて、たかしくんが歩く「一瞬一瞬の速さ」を計算している式であると考えることができるのです。
「難しい!」と言われがちな微分ですが、たかしくんの例に合わせて考えてみると、少し身近に感じられるかもしれません。
とはいえ微分を最初に習うのは高校ですし、大学以降も欠かせない分野なので、決して簡単な内容ではないと思います。そのため、まずは「わかりやすく等速であると仮定して考える」のは、速さについて学ぶスタートとして適切であると思います。
「秒速1mで歩くたかしくん」以外にも、算数や数学の問題では「ありえない!」と感じる設定が出てくることがありますよね。
そこで、思い切って「現実にありえる設定」に変えてみると、今回のように、内容の深みが増すことも。問題が複雑になって、難しくはなるかもしれませんが、すごく勉強になりそうですよね。
「ありえない!」でストップせず、「では、ありえる設定にしたら……」と考えてみると、算数や数学の問題に、さらなる奥行きが生まれるかもしれません!
補足
数学や物理において、「速度」と「速さ」は違うものです。「速度」はベクトルであり、「どの向きに進んだか?」という情報を持っています。一方で、「速さ」は「速度」の大きさ(スカラー)で、「どの向きに進んだか?」という情報を持ちません。とても簡単に言うと、速度は矢印で、速さは矢印の長さに対応しています。本記事では、わかりやすさを重視して、「速さ」だけで説明していますが、数学や物理を学ぶ際には、「速度」との違いに注意する必要があります。