他力本願→「他の力をあてにする」の使い方は間違い? 正しい意味と使い方とは?

ナンスカ編集部
ナンスカ編集部
2019.03.27
他力本願の正しい意味とは?

当たり前だと思って使っていた言葉が、間違った使い方をしていて笑われてしまったことってないですか? 友人間なら笑い話で済みますが、それが大事な商談でのことなら赤面どころじゃ済みませんよね。

今回は、慣用句で間違えやすい言葉をピックアップしてご紹介します。あなたの「他力本願」の使い方、間違っていませんか?

『他力本願』を使う時って?

他力本願を使うとき

「他力本願」という慣用句、あなたはどんな時に使いますか?

例えば、草野球大会のリーグ戦の最終試合、同じ勝率で並んでいるチームがいたら、相手のチームが負けることを祈りますよね?

「わたしたちの試合は終わったから、あとは他力本願だ。。。」

こんな風に、自分の力ではどうしようもなくなったときに、他人に運命をまかせるようなシチュエーションが多いと思います。

でも、この「他力本願」の使い方、実は間違っているんです。

正しい意味は、有り難いお言葉だった!

親鸞聖人のイメージ

他力本願という言葉は、実は仏教の用語だったんです。

仏語。自らの修行の功徳によって悟りを得るのではなく、阿弥陀仏の本願によって救済されること。

引用元:コトバンク『デジタル大辞泉』より

つまり、自分の力にとらわれることなく、阿弥陀さまのお力にすがることが悟りに近づく道だ、という有り難い言葉なのです。

この言葉を説いたのは親鸞(しんらん)聖人という鎌倉時代のえらいお坊さまで、それまで一心不乱に修行することこそ悟りに近づくと考えていた当時の人々にとっては、衝撃的な言葉でした。

それこそ円周率は3.14が当たり前のアラフォー世代の私にとって、円周率が3である今のヤング世代と接するぐらいの衝撃です。えっ? 例がわかりにくいって?? それはまたのお話として。。。

『他力本願』とは死の恐怖を克服する力

親鸞聖人は4歳の時に父を、8歳の時に母を亡くし、「死んだら一体どうなるのだろう」という悩みから仏門に入りました。

親鸞聖人は、死後という誰にもわからない世界に、自力で立ち向かってもどうしようもない。逆に仏の道を進んで「自力」から解放され、「他力=阿弥陀如来の本願力」にすがることこそ死の恐怖を克服する道であると説かれています。

このように、「他力本願」とは疫病や貧困で死と身近に生きていた当時の人々の救いとなる言葉だったのです。

誤った使い方が定着してしまった?

有り難い言葉である「他力本願」ですが、一般的には違った意味で定着しています。「他力本願」の辞書的な意味には続きがあります。

(誤用が定着したものか)俗に、自分の努力でするのではなく、他人がしてくれることに期待をかけること。人まかせ。

引用元:コトバンク『デジタル大辞泉』より

多くの辞書では、この誤った使い方が「誤用」の注釈がついていたり、「意味が転じて~」というかたちであったり、さまざまなかたちで紹介されています。

というのも、「他力本願」は小学館の大辞泉編集部が調査した間違った意味で使われる言葉ランキングで第3位に入るほど、「他力本願」は誤って使われている言葉だからです。

『他力本願』を使うときに気をつけたいこと

企業で使うときは気をつける

「他力本願」はもともと仏教の言葉です。企業のホームページや広報を担当されている方は、使用に注意や配慮をされた方がよいでしょう。

「他力本願」の一般的な意味の類義語には、「人まかせにする」「他人頼み」「自分自身で努力しない」などがあるので、文脈に応じて言い換えるのがよいと思います。

まだまだある! 仏教用語が一般化した言葉

他にも、仏教用語が一般的に使われているケースはたくさんあります。

・出世
・自業自得
・有り難い
・旦那
・お蔭様

これらの言葉も、もともとは仏教で使われていた言葉です。気になった方はこの機会にちょっと辞書を引いて調べてみると面白いと思いますよ♪

ナンスカでは今後も間違いやすい「ナンスカ!? 」な言葉をご紹介していきます。どうぞお楽しみに!

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