いつもの「当たり前フィルター」を外して日常に目を凝らすと、そこは「発見」の宝庫。あえて少しだけ日常から踏み出すことで、一生知ることが無かったかもしれない「発見」と出会えることも。そんな「発見」が、あなたにとても大事な「化学反応」をもたらすかもしれません。
この記事では、あなたの「当たり前フィルター」が外れるきっかけになるかもしれない展覧会をご紹介していきたいと思います。
今回ご紹介するのは、品川にある原美術館の「光―呼吸 時をすくう5人」展。建物の老朽化などを理由に、この展覧会を最後に2021年に群馬へ拠点を移す原美術館。現在開催中の「光―呼吸 時をすくう5人」展はどのような展覧会なのでしょうか?
慌ただしさの中で視界から外れてしまうものに眼差しを注ぐ 5人の作家
手に余る世界の情勢に翻弄され、日々のささやかな出来事や感情を記憶する間もなく過ぎ去ってしまいそうな2020年。慌ただしさの中で視界から外れてしまうものに眼差しを注ぎ、心に留め置くことはできないか――
今回の展覧会は、そんな想いから企画されたといいます。展覧会に参加する5人のアーティスト (今井智己、城戸保、佐藤時啓、佐藤雅晴、リー・キット) は写真と映像の作品を中心とし、それぞれテーマは違うものの、日常に目を向け、それを丁寧に写しとっていく様子が印象的な作品が並びました。その作品の一部をご紹介します。
佐藤時啓
明るい光の海に覆われた幻想的なモノクロームの建物の写真。原美術館を舞台とした写真作品です。カメラで長時間露光を行いながら、ペンライトを持って動き回ることで、建物と光の筋だけが写真の中に残ります。建築・風景の写真であるのと同時に、人の動きの痕跡を写しとった写真です。
このペンライトを使った作品シリーズは約20年ぶりに制作されたという佐藤さん。これらの作品群を制作する間、今回の展覧会のタイトルでもある「光」と、自分が動いている間の「呼吸」のことを考えていたといいます。
写真のなかに残っているのは、そのパフォーマンスの痕跡だけですが、その間の、原美術館の美しい石の階段や、曲線の壁、広大な中庭など、原美術館の建築の印象的な部分を、光によって丁寧になぞりとる過程に思いをはせる作品です。
城戸保
ギャラリー2の壁一面をうめつくすような大小のカラー写真の作品群は、城戸保さんの作品。そこには、見逃してしまいそうな日常のなかにありながら、すこしだけ心に引っかかるような風景が丁寧に捉えられています。
今回は、“見たままの色再現を求めず、風景に自分なりの解釈を加えて絵のようなアプローチで撮影した”「風景画」と、“フイルムカメラで撮影後すぐに蓋を開け、フイルムの一部をわざと感光させる”写真作品「光に返す」という2つのシリーズの写真作品で構成されています。
「僕は、ものをつくるのではなく、見方を提示することに興味がある」という城戸さん。日常のささいなところから美をみつけ、切り取り、名前をつけることで、何気ない日常風景を丁寧に見返すきっかけとしているようです。なお、今回の作品群には原美術館の建物をモチーフにした写真も数点展示されています。
佐藤雅晴
東京の日常風景。その実写映像の一部を忠実にトレースしてアニメーション化した作品群は、昨年亡くなった佐藤雅晴さんによるもの。今回展示されている作品群《東京尾行》は、5年前に五輪へと向かう東京の姿をモチーフとした作品です。街を行き交う人々のような動きのあるものだけでなく、東京タワーや花瓶の花といった本来は動きがないと思っているものにも小さな揺らぎが生じています。アニメーションになったモチーフ自体はそのままの形にトレースされているにもかかわらず、揺らぎによってなんということのない日常風景に違和感が生じ、普段なら気にも留めない日常風景から目が離せなくなってしまう作品です。
サンルームには自動演奏のピアノが置かれています。このピアノの「自動演奏」も、一度演奏された曲を「トレース」したものだと思うと、もともとは誰かが演奏していたという過程を思い起こさせます。
このほか、写真家・今井智己さんによる、福島第一原発から 30km 圏内の数カ所の山頂より原発建屋の方向にカメラを向けるという行為を、年や季節を変えて繰り返し行った写真作品《Semicircle Law》、リー・キット(李傑)さんによる人工光と展示室に 差し込む自然光が相まった静謐なインスタレーション《Flowers》など、テーマは異なりながらも、日常に目を向け、それを丁寧に写しとっていくのが印象的な作品が並びます。
記録ではなく「記憶」に残すということ
原美術館には、今回の企画展の作品だけでなく、森村泰昌さん、宮島達男さん、奈良美智さんといったアーティストによる、この建物の場のためにつくられた多くの作品が常設展示されています。また、1938年に建築家・渡辺仁さんの設計によってつくられた建築もとても魅力的です。
常設作品は出来る限り群馬県にある分館のハラ ミュージアム アーク(※ 品川の閉館後は「原美術館ARC」と改称し、群馬に拠点を移す)ということですが、品川での最後の展覧会だと思うと、この建築も作品群も写真におさめたい…というような感情が湧いてしまいます。
そう考える方も多いためか、写真撮影について、以下のような文章が掲示されていました。
館内(中庭を含む)の撮影はご遠慮ください。
今回の展覧会「光ー呼吸 時をすくう5人」では、原美術館での時間を記録ではなく、皆様の記憶に留めていただけたらと考えています。 展覧会の趣旨をご理解くださり、ご協力くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
撮影ができないのであれば、その分しっかり“記憶”に残しておこうと、作品はもちろん、建物の廊下や階段まで、建物全体をトレースするようにじっくり見てしまいます。その様子は、ペンライトで建物を丁寧になぞっていく佐藤時啓さんの作品や、普段は見落としがちなものを丁寧にトレースする佐藤雅晴さんの作品などにも通じるものを感じ、「慌ただしさの中で視界から外れてしまうものに眼差しを注ぎ、心に留め置くことはできないか」という今回の展覧会のテーマを鑑賞者も実践していくようにも感じられました。
「光―呼吸 時をすくう5人」は、2021年1月11日(月・祝)までです。品川での原美術館の最後の展覧会、是非、実物をご覧になって、記憶に留めてみてください。
展覧会情報
光―呼吸 時をすくう 5 人
公式サイト http://www.haramuseum.or.jp/jp/hara/exhibition/897/
入館はウェブサイトから日時指定の予約制。詳細は原美術館公式サイトへ
会期 2020 年 9 月 19 日[土]- 2021 年 1 月 11 日[月祝]
出品作家 今井智己、城戸保、佐藤時啓、佐藤雅晴、リー・キット
住所 〒140-0001 東京都品川区北品川4-7-25
休館日 月曜日(11月23日、1月11日を除く)、11月24日[火]、年末年始(12月28日〜1月4日)
開館時間 平日 11:00—16:00/土日祝 11:00-17:00
入館料 一般1,100 円、大高生700 円、小中生500 円、70 歳以上550 円/原美術館メンバーは無料、学期中の土曜日は小中高生の入館無料
交通案内 JR「品川駅」高輪口より徒歩15 分/タクシー5 分/都営バス「反96」系統「御殿山」停留所下車、徒歩3分/京急線「北品川駅」より徒歩8 分