美術館の廊下に、小鳥と犬の小さな足跡…
足跡を辿っていくと、そこは写真展の会場…?
不意に訪れる「偶然の出会い」や「予想外の発見」を「セレンディピティ」と呼びます。小鳥と子犬に誘われて入った展覧会の先には、どのような出会いが待っているのでしょうか?
この記事では、東京都写真美術館で開催中の展覧会「TOPコレクション セレンディピティ 日常のなかの予期せぬ素敵な発見」をご紹介します。
カメラで切り取る、日常のなかの「予期せぬ発見」
この展覧会は、東京都写真美術館の約3万7千点にも及ぶコレクションのなかから、「セレンディピティ」をキーワードに、ありふれた日常の何気ない一瞬を撮影した作品など、写真家たちに訪れたささやかな心の機微を探る写真作品の展覧会です。
展示室にあるガラスケースを覗くと、その中には、小鳥を撮影したたくさんの写真が。吉野英理香さんの<JOBIM>というシリーズの作品です。最初に登場した小鳥のイラストは、この吉野さんの愛鳥「ジョビン」がモデルとなっています。
コロナ禍の自宅待機中に撮影されたこの作品は、シンプルな機構のインスタントカメラ「チェキ」で撮影された作品ながら、多重露光がなされたり、1枚1枚、全くちがった愛鳥の表情を柔らかな光の中で捉えています。皆が体験した「思うように出かけられない」もどかしい時間ながらも、この写真からは、身近にある幸せな感覚が伝わってくるようです。
また、写真家・北井一夫さんの「ライカで散歩」シリーズは、まさに家の中や近所を撮影し、身近なものと向き合った作品。そこに写っているのは紙くずやユズのように、普段は気にも留めない身近なものたち。特別な場所に出かけなくても、日常の中にカメラのレンズを向けて切り取ると、新しい発見がありますね。
一方、特別に目を向けるのではなく、身近な風景を「ただ撮る」ことから発見が生まれる作品も。
1826年にフランスの発明家ニセフォール・ニエプスによって世界で最初に撮影された写真は、実験として窓からの風景を「ただそこにあるものを写し取った」ものでありながら、その写真は現在でも多くの人の心をつかんでいます。
電車の窓の流れていく風景を写真に収めた葛西秀樹さんの作品や、古い住宅の窓越しに見えたであろう風景を写し取った鈴木のぞみさんの作品など、窓からの景色を切り取った作品は、身近な風景を写し取った写真ながら、見る人によって、さまざまな思い出や感情と結びつくかもしれません。
「写真」と「写真」の出会いから生まれるものは?
1枚ずつは関係のない写真が隣り合うと、当初の意図とは違った面白さが見えてくることも。
そんな作品のひとつが、画家 奈良美智さんによる写真作品です。「その時感じた気持ちを思い出すための『記憶の栞』」として奈良さんによって撮影された写真の中から、ご本人が2つの写真をペアに選んだものが展示されています。
1枚ずつは場所もモチーフも全く違うのに、2枚を並べると形や意味がつながるようです。例えば、”奈良さんの描いた絵画”と、”カンガルーの赤ちゃん”の写真は、モチーフが少し顔を覗かせているような共通点があり、タイトルにはともに《Hello World》の言葉が。関係のないものがつながる面白さを体験できます。
写真家 中平卓馬さんが自宅周辺を撮影した写真も、作者本人の手でペアにしたものが展示されています。こちらも、一見関係の無い2枚が繋がって見えたときに、作者と同じ感覚を共有できたような気分になります。
同じアーティストの作品間だけでなく、多くのアーティストの作品が並ぶ展覧会の会場で、別々のアーティストの作品に思わぬつながりが見えるかもしれません。
最後の展示室では、情緒的な要素を排した作品を撮影されてきた 畠山直哉さん、実際の風景をジオラマのように撮影する 本城直季さん、世界中を冒険しながら風景を写真に収める 石川直樹さんの、3名の大判作品が並びます。三者三様の作品ですが、隣り合う作品に、テーマや形で思わぬつながりが感じられます。
こうした、別々のアーティストの作品を並べたときの繋がりを体験できるのは、写真集にはない、美術館だからこその体験ですね。
「学び」の場だけではない、美術館の可能性
そんな”偶然の出会い”を楽しむ展覧会ですが、会場のところどころに、小鳥と犬のイラストがさりげなく描かれ、一緒に展示をめぐっているような気分になります。また、図録もこの小鳥と犬が会場を巡る「絵本パート」が取り入れられたユニークな構成です。
展示室の中には、靴を脱いで座ることができる芝生のようなマットや、ベンチも。全111点と、多くの写真で構成された展覧会ですが、のんびりと作品を楽しめますね。
本展覧会を企画した東京都写真美術館の武内厚子学芸員は、このような展示方法について、以下の様にお話をされていました。
「近年、美術館は「学び」のための場などとして、「何かを得て帰らなければならないところ」と思われてしまっているところがありますが、必ずしもアートは何かの役に立つものでなくても良いのではないか?という疑問が、今回の展覧会のヒントのひとつとなりました。
気持ちが辛いときに展覧会を観て元気になったり涙がこぼれたりというような、「学び」に行くのとは違った体験は皆さんもあるのではないでしょうか。何を学ぶかではなく、展覧会と空間を体感し、それぞれが自由に何かを感じることができる展示の形も示せればと思います。」
目的を持って展覧会を楽しむのも良いですが、かわいい小鳥と犬につられて入った展示室で、リラックスして展覧会を楽しむ中で、”探していなかったもの”が見つかるかもしれませんね。
「TOPコレクション セレンディピティ 日常のなかの予期せぬ素敵な発見」展は、東京都恵比寿にある東京都写真美術館で、2023年7月9日まで開催されています。
展覧会情報
TOPコレクション セレンディピティ 日常のなかの予期せぬ素敵な発見
公式URL https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4530.html
会期 2023年 4月 7日 (金)~ 2023年 7月 9日 (日)
会場 東京都写真美術館 3F展示室
〒153-0062東京都目黒区三田 1-13-3恵比寿ガーデンプレイス内
電話 03-3280-0099
開館時間 10:00-18:00(木・金は 20:00まで) 入館は閉館 30分前まで
休館日 毎週月曜日 (ただし、 5/1は開館
観覧料 一般 700円 /大学・専門学校生 560円 /中高生・ 65歳以上 350円
※小学生以下及び都内在住・在学の中学生、障害者手帳をお持ちの方とその介護者(2名まで )は無料。
※オンラインによる日時指定予約推奨