「鏡」というひとつのテーマから加速度的に広がる世界 ——素材の特性を再構成するアーティスト 井村一登さんインタビュー

ぷらいまり
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2023.06.10

鏡の中にまるで小さな宇宙空間が閉じ込められたような奥行きのある光の風景が広がっていたり、自然の岩石のようなガラスブロックが鏡面の反射と乳白色の透過光を交互に見せたり…

井村一登 展「 mmmwm 」(日本橋三越本店本館6階コンテンポラリーギャラリー) 展示風景(写真撮影:ぷらいまり)
井村一登 展「 mmmwm 」(日本橋三越本店本館6階コンテンポラリーギャラリー) 展示風景(写真撮影:ぷらいまり)

日本橋三越本店本館6階コンテンポラリーギャラリーで開催された展覧会「 mmmwm 」では、「鏡」を素材やモチーフに、直感的に感じられる美しさと、ロジカルなコンセプトや手法の両面で見る人の心を揺さぶるような作品が展示されていました。

これらの作品を制作したのは、ハーフミラー、球体鏡、LED などの様々な素材を用いて、視覚や認識にかかわる光学的作品を制作する現代アーティスト・井村一登さんです。

初個展から約3年間にわたり、人と鏡の関係性を追った作品を制作されてきた井村さんに、作品が生まれるまでのお話を伺いました。

制作することが専門ではなかったからこそ着目した「鏡」という素材

今回の個展で展示された作品は、すべて「鏡」を素材に使ったり、モチーフにしたものです。例えば、「魔鏡」の製法、構造に着目して、銀鏡塗装を重ねることで微細な凹凸をつくり、反射光に虹色の紋様を浮かび上がらせた《invisible layer》。

《invisible layer》/ 井村一登 (photo by Kenryou Gu)
《invisible layer》/ 井村一登 (photo by Kenryou Gu)

まるで鏡の表面の銀鏡だけがめくれ上がったような《box-orderd peeling》は、めくり上がった部分が、立体でありながら空間に溶け込んでしまうような不思議な視覚効果を生み出しています。

《box-ordered peeling fortune》/ 井村一登(写真撮影:ぷらいまり)
《box-ordered peeling fortune》/ 井村一登(写真撮影:ぷらいまり)

井村さんが鏡という素材に着目したのはどのようなきっかけだったのでしょうか?

学部が総合芸術学科という芸術学専攻で制作することが専門ではなかったので、教授の指導がないところで作品を作っていたんです。だから、せっかくなら、学校では習わないような素材を使ってみようと考え、素材の性質や科学現象に着目して、鏡をメインにしながら透明樹脂やパラフィンワックス、フラッシュペーパーなど様々な素材を扱っていました。その頃から「鏡面」の性質や「工房制作」のような作り方も含めて鏡に興味を持ったんです。

その後、2021年に開催された初個展で「鏡」に注目。特に”自分が映らない”「鏡」というテーマの作品を制作されるようになったといいます。例えば、人工物と自然物の境界のような歪 (いびつ) な形のガラスの塊を鏡にした《mirror in the rough》や、「合わせ鏡の原理」と「異なる性質を持った鏡」を組み合わせることで鏡像の反復に複数のルールを与える《wall-ordered》といったシリーズの作品が展示されました。

左から《mirror in the rough 1188g》《mirror in the rough 8035g》《mirror in the rough 2157g》 井村一登(写真撮影:ぷらいまり)
左から《mirror in the rough 1188g》《mirror in the rough 8035g》《mirror in the rough 2157g》 井村一登(写真撮影:ぷらいまり)

様々なマテリアルを扱う中で、鏡という素材が特に面白いなと思って注目しました。《mirror in the rough》は鏡でありながらも鏡像が歪みますし、《wall-ordered》も部屋が暗いと自分が映らなくなるんです。こうした「自分が映らない鏡」というのは、自分の作品に一貫している訳ではないのですが、その後に、そのコンセプトが繋がっていった作品もあります。

《wall-ordered ellipsoid’》/ 井村一登 (photo by Hiroshi Noguchi, by courtesy of Art Front Gallery)
《wall-ordered ellipsoid’》/ 井村一登 (photo by Hiroshi Noguchi, by courtesy of Art Front Gallery)

例えば《loose reflection》という作品は、様々な産地の黒曜石を砕き、溶かし混ぜ合わせてガラスにしたものです。黒曜石は古代に鏡としても使われていたものなので、もとの真っ黒な黒曜石だったら磨けば鏡になるはずなのに、透明になったことで磨いても宝石のようになって自分が映らなくなってしまう。

タイトルにある「loose」は、「原石(rough)」に対して「磨いた石(loose)」のことなんですけれど、磨いた石なのに「反射(reflection)」は「だらしなく(loose)」見えているのとを掛け合わせています。ここにも「映らない」というコンセプトはつながっていますね。

《loose reflection》/ 井村一登(写真撮影:ぷらいまり)
《loose reflection》/ 井村一登 (写真撮影:ぷらいまり)

「コンセプト」と「構造」と「マテリアル」の3つが揃った瞬間に生まれる作品

「鏡」というひとつの素材に注目しながらも、作品によって全く違った手法と表現が用いられ、さらに「科学的」「数学的」「歴史的」と、複数の着眼点から構成されているのが印象的です。

これほど多様なアプローチが生まれた理由についてお話を伺うと、それは意外な「つながり」から生まれてきているそうです。

「wall-ordered」の派生として制作された作品 《box-ordered 600》/ 井村一登 (photo by 助田喜久)
「wall-ordered」の派生として制作された作品 《box-ordered 600》/ 井村一登 (photo by 助田喜久)

初個展の際に、今までに作った作品を振り返ってみたら、幾何学的な形態の作品が多くて。”歪(いびつ)なもの”が何もないと気づいたときに、急に「打製石器」を割ってみたいと思い立ったんです。奇跡的に黒曜石にまつわるシンポジウムがあったので参加したところ、「岩宿遺跡」という日本で初めて石器が出土した遺跡の研究機関である「岩宿博物館」の方を紹介していただき、そこの石器を割るサークルに参加しました。

そのサークルで、ガラス瓶を素材に使うと綺麗な石器が作れることを教えてもらったので、歪なガラスの塊を探していたのですが、その形状の面白さをそのまま使用する《mirror in the rough》という歪な鏡の作品につながりました。

さらに、その後に改めて鏡の素材について調べているうちに、鏡の起源が黒曜石であることを知ったんです。私はそれを知らずに岩宿に行って黒曜石を割っていて。思いも寄らないところで運命的に鏡とリンクしました。

井村一登 展「 mmmwm 」(日本橋三越本店本館6階コンテンポラリーギャラリー) 展示風景より《loose reflection》シリーズ/ 井村一登(写真撮影:ぷらいまり)
井村一登 展「 mmmwm 」(日本橋三越本店本館6階コンテンポラリーギャラリー) 展示風景より《loose reflection》シリーズ/ 井村一登(写真撮影:ぷらいまり)

そうした偶然の繋がりが黒曜石を使った作品《loose reflection》につながっていったのですね。魔鏡の製法に着目した《invisible layer》という作品も、魔鏡を制作される方にお話を伺ったことと、その後、銀鏡塗装の工場でそれと同じ現象を見つけた事がつながって生まれたのだとか。

まったく違ったアプローチに見える作品も、それぞれ違った場所と視点で「点」として得た知識や経験がつながっていき、「面」になるように制作されてきた事に驚きます。

興味を持ったらまず行ってみるけれど、その場で作品にするというよりは、自分の持っている「コンセプト」と「構造」と「マテリアル」の3つが揃った瞬間にやっと作品として動き出すような感じです。作品として無理矢理作りに行くことはあまりなく、自分の中で自然とつながった時に作品になる感じですね。

異なる性質の鏡を組み合わせることで、球体ホログラムとして立体的に再生させる《spherical mirage sarushima Ⅰ》/ 井村一登 (写真撮影:ぷらいまり)
異なる性質の鏡を組み合わせることで、球体ホログラムとして立体的に再生させる《spherical mirage sarushima Ⅰ》/ 井村一登 (写真撮影:ぷらいまり)

温めていたアイデアが 人との出会いで作品として完成する

井村さんは、AGC株式会社とコラボレーションし、世界に1台だけの奥行き感のあるミラーディスプレイを使った映像作品や、高散乱ガラスを使った鏡の作品を制作したりと、多くの専門家や職人とコラボレーションもしながら、世の中にない新しい作品を作られています。

AGC株式会社とともに制作された奥行き感のあるミラーディスプレイ《pure reflection》/ 井村一登(写真撮影:ぷらいまり)
AGC株式会社とともに制作された奥行き感のあるミラーディスプレイ《pure reflection》/ 井村一登(写真撮影:ぷらいまり)

自分一人だけで作品を作らないということはすごく意識しています。私は学部の1年、最初の作品から学外の工房の技術者様と制作していました。自身がやりたいテーマやマテリアルまたその広がりが、個人では難しいことだと感じていて。

訓練の意味も込めて意識的に外注での制作を続けてきたそうですが、今回の鏡の作品制作を通じ、少しずつ制作方法に変化があったといいます。

私は、学部、大学院共に課題等は無く、ずっと独学で制作しており 、徐々にアウトプットを技術者にお願いすることが増えていました。そんな自分が、初個展を控えた2020年に岩宿博物館の石器サークルに通って石器作りに没頭してから、作業、行為がそのままアウトプットにリンクしていることに今更、興味が出て、制作の全ての工程に可能な限り自身が関わるようになりました。そこで生まれるエラーがヒントとなり、また新しいものが生まれることも。

AGC株式会社の高散乱ガラスを用いて制作された《momentite 2878g》/ 井村一登(写真撮影:ぷらいまり)
AGC株式会社の高散乱ガラスを用いて制作された《momentite 2878g》/ 井村一登(写真撮影:ぷらいまり)

共創も交えて制作をされてきた井村さん。今回の展覧会で初めて展示された《box-ordered peeling》という作品も、構想してから実際に作品の形になるまで、3年ほどかかったといいます。

すぐに作れる方法が見つからなくても、アイデア自体をずっとストックしています。アイデアは 本当に無限にあるので、技術者様、研究者様との出会い以外も、展示する時期、場所、テーマ等にも依存するし、それに合わせて実現していきます。

アートは大量生産するものではないし、制作できる場所があまりなかったりします。技術はもちろんなのですが、合う人に出会えることが大事で、そこを見つけるまで諦めないというところはあるかもしれません。それで、人とは自然と出会っていくんです。

人と鏡の関係性を追った3年間

今回は、井村一登さんが人と鏡の関係性を追ってきた3年間の作品を一覧するような展覧会になったといいます。

鏡の進化は、人の進化と技術の進化に依存していますが、私はそれを鏡の作品の中で体現しているような気がしています。人と鏡の関係性の歴史というものを考えていく中で、自分がそれぞれの素材に触れて、それぞれのアップデートを知って、実際に手を動かして新しい作品を考えるということがリンクしているように思います。

井村さんの作品は、端正でロジカルな雰囲気もあるため、一見すると”人の手跡”のような感覚は感じづらいかもしれません。でも、お話を伺うと、それらの作品は、着想にも制作も多くの人との出会いと繋がりが関係していること、また、そうした出会いは、興味をもったことに対して人に話を聞きに行ったりと、手を動かし、行動をし続けている井村さんの姿勢から生まれてくることが分かりました。

作品についてお話してくださった井村一登さん。作品の鏡越しに。(写真撮影:ぷらいまり)
作品についてお話してくださった井村一登さん。作品の鏡越しに。(写真撮影:ぷらいまり)

この個展の後には、温めている作品を研究しながらじっくり作っていきたいという井村さん。今後の新しい作品もますます楽しみです。ありがとうございました。

ぷらいまり
WRITER PROFILE

ぷらいまり

都内でサラリーマンしながら現代アートを学び、美術館・芸術祭のボランティアガイドや、レポート執筆などをしています。年間250以上の各地の展覧会を巡り、オススメしたい展覧会・アート情報を発信。 https://note.com/plastic_girl

Twitter:@plastic_candy

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