美術館で作品を観るとき、どのくらいの時間をかけて観ますか?しっかり観たつもりでもほんの数秒だけだったり、逆に、気がついたら1つの作品に何分間も見入ってしまった… なんて経験もあるのではないでしょうか?そんなじっくりと作品を観ることを起点に、「感覚的」な作品を楽しめる展覧会が開催されています。
この記事では、東京のアーティゾン美術館で開催中の「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」展をご紹介します。
感覚機能が揺さぶられる インスタレーション作品
山口晃さん(1969年生まれ)は、伝統的な日本画の技法と現代的なテーマや視点とを融合させた作品が特徴的な現代美術家。近年では、東京メトロ日本橋駅のパブリックアートや、東京2020パラリンピック公式アートポスターも手掛けています。
タイトルにある「サンサシオン」(sensation) という言葉は、フランス語で「感覚」「知覚」といった意味。「画家が風景を見たときに感覚器官がビリッと震える感じ」を表しているのだそうです。今回の展覧会では、そうした画家の視点で観ることからはじまる「感覚」を追体験するような作品が並びます。
たとえば、最初の展示室の作品《汝、経験に依りて過つ》は、一見なんの変哲もない小部屋です。でも、足を踏み入れた瞬間、真っ直ぐに立っていられないほどのめまいを感じます。写真を観てもわからない、まさに「感覚」的な作品ですね。
わたしたちの思い込みを利用して、日常の感覚を少しだけずらすような作品からは、わたしたちが普段、目から感じ取っている情報の大きさに気づかされます。
また、《モスキート・ルーム》は、真っ白い照明と壁だけの部屋。何もない空間ですが、中に入ると、目の前に蚊やゴミのような物が浮いてみえる「飛蚊症」の症状が激しく見えてきます。
眼球に張り付くような飛蚊症の症状を作品のように観るなんて、不思議な体験ですね。この体験について山口さんは、
身体感覚が消えるまで眼球を小さく動かしながらじっと観ていると、飛蚊症の網の目が直径20センチくらいの球形の鳥籠のように目を覆っているのに気づきます。その球形が自分の眼球の丸さであり、その時自分が眼球に取り込まれた10センチくらいの小人に感じられる。
とコメントされていました。
これらの作品では、文字の作品解説に代わって、過去に山口さんの制作されたエッセイ漫画が展示されています。作品を体験した後に、そのご本人の体験を漫画で読んで理解を深めることで、まさに過去に作者が感じた感覚を追体験できるような気分です。
アーティゾン美術館のコレクション作品 セザンヌ、雪舟とのセッション
「ジャム・セッション」シリーズは、アーティゾン美術館のコレクションである「石橋財団コレクション」と現代美術家が共演する展覧会です。2020年のアーティゾン美術館としてのオープン以来、過去に3回開催されてきました。
今回、山口晃さんがセッションする作品として選んだのは、雪舟《四季山水図》とセザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》です。
雪舟の作品を起点に制作された《アウトライン アナグラム》は、窓のような開口部から水墨画のようなパノラマのような風景を見せる作品。平面に描かれた絵画を並べてつくりだされた、実際の空間よりも奥行きのある風景は、雪舟が平面的モチーフを層状に重ねることで表した空間性を読み解いて再構成しようとする試みなのだそう。
また、実際の《四季山水図》とあわせ、透明なオイルで描いたモチーフが、光の角度によって浮かび上がる「オイル・オン・カンバス」の作品も展示されています。
一方、セザンヌの作品については、山口さんが7日間にわたって作品を観て、模写を行った際の気づきがまとめられています。「模写」といっても、初日と2日目の夕方までは、ただひたすら絵と向き合い、作品を観続けられたのだそう。
セザンヌがどのように風景と向き合っていたのか、何を描きたかったのかなど、1枚の絵を観続ける体験と、山口さん自身の過去の経験や知識とが繋がった「自由研究」の成果は、壁のパネルに直筆で描かれています。こちらも、イラストとあわせて描かれ、言葉ではわかりづらい部分も感覚的に理解しやすくなっているのが嬉しいですね。このほか、雪舟や近代美術についての解説も今後会場に追記されていくようです。
隅々までじっくり観たい 緻密でユーモラスな平面作品
山口晃さんといえば、2019年に放映されたNHK 大河ドラマ「いだてん ~東京オリムピック噺~」のオープニングタイトルバック画や、2021年に完成した東京メトロ日本橋駅のパブリックアート《日本橋南詰盛況乃圖》等、美術館以外の場所でも目にする機会がありますが、今回の展覧会ではこうした作品の原画も初めて公開されています。
例えば《日本橋南詰盛況乃圖》は、「洛中洛外図」のような細密な描写で、空想も交えた東京の風景がユーモラスに描き出された作品。1枚の絵画でありながら、複数の時代の風景がレイヤーを重ねるように描かれています。アーティゾン美術館とも近い日本橋の風景ですが、例えば、現在は日本橋の上にかかる首都高の上に巨大な太鼓橋の日本橋が架けられていたり、江戸時代の水運のように現代のビルを結ぶ水運などの風景も描かれています。
離れて見たときには鳥瞰図のように美しい風景全体を楽しむことができ、一方で緻密な絵画の隅々にはユーモアが散りばめられ、隅々まで観たくなる作品です。
また、山口さんが手掛けたパラリンピックのポスターの原画《馬からやヲ射る》も展示されています。
そこに描かれているのは、やまと絵風に描かれた流鏑馬のように、足と口でアーチェリーの弓をひく勇ましい姿。一方、その背景をよく観ると、「僅か5cmの段差を超えられぬ車椅子のお婆さんの押すお爺さんの車椅子」や「父の仕事場「広愛園」にて身障者の運動会」など、”誰にでもパラリンピアンになりうる”ようすが描かれています。
こうした作品が制作された背景や葛藤についても、《当世壁の落書き 五輪パラ輪》として、ご本人の筆で紹介されており、作品が完成するまでの過程もたどることができます。
ひたすらに観ることを通じて アーティストの「感覚」を追体験する展覧会
今回の展覧会の会期中、アーティゾン美術館では、コレクション展を含めて鉛筆での作品の模写が可能となっています。これは、「『描く』ことは『観る』ことと同義」だという山口晃さんの考えから。
1つの作品を1分間観るのが難儀な方も居ますが、スケッチをすると1分なんてあっという間です。その間ずっと絵を観ていられるのは、描くためには記号的に見るよりも格段に多くの情報が要るからなんですね。そういう目で見ると作品の解像度がぐっと上がります。スケッチは観ることの一端で、美術館はそういった場でもあります。
とお話されていました。
「観る」ことと、それを通じた「感覚」を共有できるこの展覧会。じっくりと作品を観て、アーティストの感覚を追体験してみませんか?
展覧会情報
ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン
公式サイト https://www.artizon.museum/
会場 アーティゾン美術館 6階展示室
会期 2023年9月9日(土) 〜 11月19日(日)
開館時間 10:00 〜 18:00(11月3日を除く金曜日は20:00まで)入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日(9月18日、10月9日は開館) / 9月19日 / 10月10日
入館料 日時指定予約制
ウェブ予約チケット 1,200 円、窓口販売チケット 1,500 円、学生無料(要ウェブ予約)
※予約枠に空きがあれば、美術館窓口でもチケットをご購入いただけます。
※中学生以下の方はウェブ予約不要です。
※この料金で同時開催の展覧会を全てご覧頂けます。
同時開催
創造の現場ー映画と写真による芸術家の記録(5階展示室)
石橋財団コレクション選 特集コーナー展示|読書する女性たち(4階展示室)